盗まれたと思い込んだ襦袢の員数合わせ
どんな伝承か
高知の歩兵第四十四連隊に入って間もないころ、黒糸で「シキチ」と縫い取りした自分の襦袢が物干し場から消えた。盗まれたと思い込んだ回想者は、員数を合わせるため中隊の物干し場から別の一枚を失敬し、襟にあった市川古兵の名を急いでむしり取った。ところが廊下から襦袢を盗られたと怒鳴る声が響き、内務検査では平山班長が今のうちなら許すと問いかけたが、とうとう名乗り出られなかった。やがて戦友の米原が、お前の襦袢が物干し場の東の隅にあったと持ってきた。干した場所がずれていただけと分かり、二人で名の糸を切って返しに行ったという。
原典より
昭和十九年頃、マニラに上陸して競馬場の柵の中に宿営したが風呂がない。—— 現代民話考 ― 軍隊(松谷みよ子・民話・口承文芸) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 ― 軍隊(松谷みよ子・民話・口承文芸)
『現代民話考 ― 軍隊』は、松谷みよ子が編んだ、軍隊と戦争をめぐる現代の民話の集成である。日本民話の会の雑誌『民話の手帖』での呼びかけやアンケート、聞き書きによって寄せられた話をもとに、十五年戦争を中心に徴兵検査から新兵のしごき、戦地、虐殺や飢え、敗戦、収容所、戦犯、軍隊生活の怪談までを収める。巻頭に序文「明日の民話のために」と論考「軍隊考」を置き、十三の部に分けた各話の末に話者と回答者の名と在住地を記す。