遅れた戦友を待つ閉門ラッパ
どんな伝承か
明治二十七年(一八九四)頃、広島の連隊でラッパ兵を務めた井上久作は、酒好きで無口だが心優しい人物だった。日曜日に外出した友が帰隊時刻を過ぎても現れないと、絶対に閉門ラッパを吹こうとしなかった。上官が飛んできて威したり叱ったりなだめたりしても頑として聞かず、遅れた最後の友が慌てて門をくぐるのを見届けてから、ようやくラッパを鳴らしたという。そのため「今日は井上久作が当番兵だ」と聞けば、仲間たちは安心して外出できたと、孫の井上二美が伝えている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 ― 軍隊(松谷みよ子・民話・口承文芸)
『現代民話考 ― 軍隊』は、松谷みよ子が編んだ、軍隊と戦争をめぐる現代の民話の集成である。日本民話の会の雑誌『民話の手帖』での呼びかけやアンケート、聞き書きによって寄せられた話をもとに、十五年戦争を中心に徴兵検査から新兵のしごき、戦地、虐殺や飢え、敗戦、収容所、戦犯、軍隊生活の怪談までを収める。巻頭に序文「明日の民話のために」と論考「軍隊考」を置き、十三の部に分けた各話の末に話者と回答者の名と在住地を記す。