赤城明神境内の娘を治した外科医
どんな伝承か
著者のもとに来る外科医の阿部春沢は放蕩者で、本町二丁目に住んでいた。春沢の話では、牛込の赤城明神の境内で隠れて客を取らせる家から頼まれて病人を診に行くと、十五、六の美しい娘だった。主人は、抱えたばかりなのに生まれつき体に障りがあり大金を損したと嘆いた。診ると肉がふさいでいるのではなく血肉がつまっているだけだったので、春沢は翌日、娘の手足を縛り、焼酎を沸かし独参湯を用意して切り開いた。娘は気を失ったが独参湯で正気づかせ、焼酎で洗って膏薬を貼ると、ほどなく快方に向かい、親方も大いに喜んだという。
原典より
或る時咄しけるは此程不思義の療治いたし不思議に手柄せり。—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。