焼き味噌と捨て鐘を忌む佐渡の金山
どんな伝承か
佐渡は昔から金銀を掘り出してきた国で、慶長・元和のころ徳川の世になってからいっそう多く湧き出し、今も絶えない。金銀の稼ぎに関わる者たちは、味噌を焼くと金気が減るといって、国の定めではないが焼き味噌を用いない。また時の鐘を撞くときにも捨て鐘を撞かない。捨て鐘は金を捨てるという音に通じるのを忌むのだろう。国によって禁じたり好んだりすることには、それぞれ謂れがあるものだと記されている。
原典より
金銀の稼に抱り候ものは、「味噌を焼ば金気をへらし候」、国制に非らずといへ共焼味噌を不用、又四時の鐘を撞にも捨鐘をうたず。—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。