値引きの一言で怒った武士の具足注文
どんな伝承か
寛政六年の冬、御用の具足師妙珍のもとへ、身なりも人柄もぱっとしない武士が来て、具足一領の値を尋ねた。そんな具足を誂えるはずがないと疑いつつ百両あまりと答えると、武士はすぐ頼むと言って二、三十両を置いていった。不審に思った妙珍が後をつけると、小石川の三百坂あたりの、門も塀も傷んだ小さな屋敷に入った。内金を頼むとさらに二十両、まもなく三十両も渡された。驚いた妙珍が、今どき具足の新調とは感心です、値も引きますと言うと、武士は、貧乏屋敷と見くびったのか、若い時から倹約して貯めた志を値引きで汚されたと激怒して注文を取り消した。妙珍一家は毎日詫びに通ったが、翌年の正月になってもまだ許されなかったという。
原典より
自から右武家の跡を慕ひ行しに、小石川三百坂辺の小さき屋舗へ入りければ、—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。