生得て悪業なす者の事
どんな伝承か
神田あたりの裏長屋に住む者の息子が、十歳ほどのとき、遊びから帰って流しの下の土中から掘り出した金の包みを親に渡した。わけを聞くと、隣の者が金を包んで流しの下に隠すのを見ていて取り出してきたのだという。親は驚いて叱り、金を隣へ返させたが、このままでは大きくなって家を滅ぼすと深く嘆いた。知り合いの武士が、幼い心得違いだろうから引き取って教えようと預かると、子は利口で用事もよくこなした。ところが使いに行った町家で金銀を扱うのを物陰から見ていて、武士の油断した隙に金箱へ土足を入れて汚し、帳面を水に浸して立ち去った。人の嫌うことを好み、人の喜ぶのを見ると腹を立てる生まれつきだったという。
原典より
彼小児は都て人の嫌ふ事を好みて悪業をなし、人の喜ぶ事を見ぬれば悲しみ腹を立つる生質なり—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。