玉石の事
どんな伝承か
いつのころか、長崎のある町家で礎石にしていた石が、いつも水気をにじませていた。それを見た唐人が譲ってほしいと申し出たので、主人は訳のある石だろうと惜しんで礎石を取り替え、石を家に取り込んだ。石はいつまでも潤って水が出るので、中に玉があるに違いないと話し合い、縁から少しずつ削っていたところ、誤って割ってしまった。すると中から水が流れ出し、小さな魚が出てきたが、たちまち死んだので捨ててしまった。後でこれを聞いた唐人は涙を流して惜しみ、玉の中にこもっていたものがあり、傷つけずに静かに磨き上げれば千金の器になったのにと言った。世にいう蟄竜の類もこうしたものだろうという。
原典より
其石中より水流れ出て小魚出たるが、忽ちに死しければ取捨て済しぬ。—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。