康富記に見る粟田口神明の湯立て
どんな伝承か
『康富記』の宝徳三年(一四五一)九月二十九日の条には、粟田口神明で湯立てがあり、それを見物したことが書かれている。あわせて少納言某の話として、湯立てと湯起請は日本独特のものだと唐人(実は明の人)が語ったことも記している。この粟田口神明は伊勢神宮の了解を得ずに卜部某が建てた祠で、神宮側から強く非難されていた。著者は、湯立ての記録が室町時代から急に増えることに触れ、新しい祠が人を集めるために巫女の華やかな湯立てを始めた様子がうかがえると述べる。
原典より
たとえば『康富記』宝徳三年(一四五一)九月二十九日の条に、粟田口神明に湯立てがあって、それを見物したことを述べ、…—— 日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗(原田敏明・池上廣正・堀一郎ほか) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗(原田敏明・池上廣正・堀一郎ほか)
『日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗』は、原田敏明・池上廣正・堀一郎ら十二人の執筆者による論文集である。民間に伝わる神と霊の観念、家や村の氏神、職業の神、祭りの日取りと組織、憑きものや妖怪を題材に、各地の調査報告や古記録に見える事例を引いて論じる。原田の総説に始まる十七編からなり、後半では修験道・庚申信仰・キリシタン・新興宗教と民間信仰とのかかわりを扱う。