蛮国人奇術の事
どんな伝承か
長崎奉行の用役を務める福井という者が主人の供で長崎に来ていたとき、母が病と聞いて江戸のことばかり思い、食も進まずぼんやり暮らすようになった。人に勧められて紅毛人の屋敷へ行き、通詞を通じて訳を話すと、カピタンが医師に命じ、盤に水を張って頭を入れさせた。しばらく水に沈めて目を開けよというので開くと、六、七間先で母が帷子を縫う姿がありありと見えた。薬も与えられて病は治った。江戸へ戻ると母は、帷子を縫いながらお前を思っていたとき、隣家との境の塀の上にお前の姿が現れたと語り、日時を尋ねると長崎での療治とぴたりと合ったという。
原典より
眼をひらきければ、凡六、七間もへだて我母帷子様の物を縫居たるやう、誠に顕然たり。—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。