弐拾年を経て帰りし者の事
どんな伝承か
近江の八幡は国内でも賑わう町場だという。寛延から宝暦のころ、この町の裕福な松前屋市兵衛が、妻を迎えてしばらくしたある夜、用を足しに行くと言って下女に灯りを持たせ戸の外で待たせたまま、いつまでも出てこなかった。戸を開けると姿はなかった。家中が金銀を惜しまず探しても行方は知れず、一族から迎えた妻に別の夫をとって家を継がせ、消えた日を命日として弔った。ところが二十年ほどして、厠で人を呼ぶ声がするので行ってみると、消えた時と同じ着物の市兵衛が座っていた。空腹だというので食事を与えるうち、着物は埃のように崩れて散った。昔のことは何も覚えていない様子だったという。
原典より
然るに弐拾年程過て、或日かはやにて人を呼び候声聞へし故至りてみれば、右市兵衛行衛無なりし時の衣服等少しも違ひなく坐し居し故…—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。