蛇の遺念可恐事
どんな伝承か
本所割下水に住む芦沢某の家の門には、毎年燕が巣をかけていた。ある年、芦沢が勤めに出て留守の間に、三、四尺もある蛇が門柱を伝って燕の雛を狙い、巣に迫ったので、家の下男が見つけて打ち殺し、前の割下水へ投げ捨てた。ところが五日から七日ほどたつと、おびただしい蟻が湧いて燕の巣に群がり、雛は一羽残らず死んでしまった。蟻の通り道をたどると門から割下水のほうへ続いており、その出どころを見ると、捨てた蛇の死骸が朽ちて、そこから湧き出た蟻が芦沢の家に入り込んで害をなしていたのだった。蛇の執念は恐ろしいものだと語られたという。
原典より
然るに日かず五、七日過て、蟻夥敷出て燕の巣へ集り入て、終に燕の子は皆斃ける由。—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。