河原院に現れた融の大臣
どんな伝承か
河原院はもと源融の左大臣の邸で、陸奥の塩竈の景色を模して潮を汲み寄せ、塩を焼かせるなど風流を尽くした所だった。融の死後、邸は宇多院に献上された。院が住んでいたある夜、塗籠の戸を開けて、太刀を佩き笏を持った立派な人が静かに現れ、少し下がって畏まった。誰かと問うと、この家の主の融だと名乗り、院がおられるので窮屈でならないと訴えた。院は、子孫から譲られたから住んでいるのであって奪ったわけではない、筋違いの恨みだと穏やかに諭した。すると姿はかき消すように失せた。
原典より
あれは誰ぞと問はせ給へば、此の家の主なる融なりと申した—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。