三七日の夜に戻った水死の夫
どんな伝承か
若狭小浜の漁師町西津に、魚売りをするお鶴という五十ほどの女がいた。夫の甚左はある夏、仲間と沖へ釣りに出て嵐に遭い、一艘も戻らなかった。望みを捨てて三七日の法事を済ませた翌晩、甚左がずぶ濡れの姿で門口に立っていた。お鶴は子どもと抱きつき、着物を替えさせ、難破の話を聞きながら夫や子と添い寝した。ところが翌朝起こしに行くと夫の姿はなく、着替えさせた着物は残るのに濡れた元の着物だけが消え、戸締まりも元のままだった。狐狸の仕業か亡霊が帰ってきたのか今も分からないと、お鶴は語った。
原典より
翌朝お鶴は疲れてゐる夫の目を醒させまいと、そつと起きて粥をこしらへてから起こしに行くと子供二人二人は寝てゐるが夫の姿も影もなく—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。