亡妻の霊に袖を切り取られた下女
どんな伝承か
江戸の柳原にあった酒屋の話である。主人の妻が世を去ってしばらくたった夕暮れ、その姿が家の内に現れ、下女の袖を引いた。下女は驚きのあまり倒れて気を失い、人々が介抱してようやく息を吹き返す。ふと見ると、霊に引かれたほうの袖が切り取られてなくなっていた。あまりに不審なので翌朝、亡くなった妻の塚へ行ってみると、その袖が塚の上に掛けてあったという。『新著聞集』の伝えるところである。
原典より
江戸柳原の酒屋の妻が死んだ後、或日の夕暮に其の幽霊が現はれ、下女の袖を引いたれば、下女吃驚仰天して倒れ氣絶したので、人々が介抱し漸やく生氣になつたが、よく見ると幽霊に引かれた袖は切取られてあつた、餘りの不審さに翌朝亡妻の…—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。