他人の体を借りて戻った娼妓お貞
どんな伝承か
新潟の長尾杏生は医家に生まれ、父の代診をしていたころ、ある楼の娼妓お貞を薬と機転で治した。礼にもてなされた夜に契りを結び、通いつめて放蕩者と噂された。やがて杏生は郷里へ帰されて音信が絶え、お貞はそれを苦にして病み、悶死した。杏生は妻子を連れて下谷で開業し、名を上げて四十になった。ある雨の夜、枕元に立ったお貞から、二十年前の約束を破ったと責められる。翌夜、祭壇を設けて詫び、誰かの体に宿ってくれれば子を産ませたいと願文を焚いた。二、三年後、伊勢の茶店でお貞に生き写しの娘に会い、引き取って後に正妻とした。
原典より
新潟の人長尾杏生は家業柄、父の代診をしてゐると、某楼の娼妓お貞は杏生の投薬と其機智とで全快したお礼にと、杏生に御馳走をしたる夜意気相感じて偕老の契を結び、流連して放蕩者の如き評判になつた。—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が昭和十三年に編んだ幽霊譚と幽霊論の集成である。葬送の習俗や海外の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜の作用による幽霊の説明、乃木大将や許斐大尉の見た幽霊などの実話、古典や伝説に現れる男女の幽霊・怨霊・生霊、幽霊写真、化物屋敷、霊界通信を集める。三篇に分かれ、第二篇は幽霊を男女・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・食物に縁ある幽霊・前知らせなど八項に分類し、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。