死霊に憑かれた飯田の数公
どんな伝承か
長野県上伊那の或る山寺の住職が死に、その妻ため子は百五、六十圓の借金を抱えて、誘われるままに妹の家に同居した。基金を狙う妹の山下みきは姉を虐待し、姉は怨みを呑んで病死した。みきの亡夫加山喜一の弟に当たる山下數は本職は建具職で、豊橋聯隊にて上等兵に進んだが、この伯母の不幸な死に同情した結果、死霊に取りつかれた。目に見る物は差別なく怨めしいと叫び、或る夜は、母が私を殺すから助けて呉れ、と警官に哀願することが数回に及んだ。町の人々は幽霊の数公と呼び、飯田江戸町の幽霊の数公といえば飯田警察署も持て余し者にしているという。
原典より
町の人々は呼んで幽霊の数公と云ひ、飯田江戸町の幽霊の数公と云へば飯田警察署も持て余し者にしてゐる。—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。