七月四日に病みつく庄屋の跡取り
どんな伝承か
天保十年七月四日の午後四時頃、筑前国志摩郡伎志浦の酒造家で庄屋を勤める岡崎伝四郎の長男市治郎が、突然瘧疾にかかった。百方手を尽くし各所の神仏に祈禱を頼んだが効なく、八月には重態となった。岡崎家は不思議な家柄で、伝四郎の先代も同じ七月四日に突然大病にかかって死んでおり、二人とも先祖の居屋敷跡に建つ普門庵にいたときに病みついていた。その屋敷跡は夜中に怪異があって住みがたく、霊を鎮めるため庵を建てたものだという。狐狸の憑き物とみて宮崎加賀守が招かれ狐退治の修法を行うと、憑き物ではない不可思議な現象が突発したと伝わる。
原典より
筑前國志摩郡伎志浦の酒造家で庄屋を勤……る……岡崎傳四郎といふのがありましたが、其長男の市治郎なる青年が、この日の午後四時頃突然瘧疾に罹りましたのでした。—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。