龍源寺の勇の墓と上石原の生家
どんな伝承か
道を入って曲がると、右手に二本の大きな銀杏が目につく寺があり、そこに勇夫婦の墓があった。寺の名は龍源寺という。勇は処刑されてよそに葬られたことになっていて、大きな石碑が建っているのを筆者も見たことがあるが、龍源寺の住職の話では、のちにひそかにこの墓所へ移されたという。寺の前から少し行き、道が行き詰まるように曲がった所に、防風林をめぐらした古い草屋根の家がある。それが勇の生家の宮川家で、そこはもう三鷹村大沢ではなく調布町上石原の外れにあたる。勇はこの農家の三男として天保六年に生まれた。
原典より
そこはもう三鷹村大澤てなしに調布町上石原の出と云ふ慮であった。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。