狐使いの濡れ衣を晴らした神主の訴え
どんな伝承か
天保五年五月、大宮の氷川神社の神主西角井出雲のもとへ、近所の忠八が妻いわに狐が憑いたと祈禱を頼みに来た。狐は与野の修験三光院の縁の下から来た雌狐てうだと名のり、好物を食べさせれば去ると言った。好物を与えて裏山の稲荷の後ろへ連れて行き、さらに泊めて祈禱すると、狐はコンと鳴いて離れたという。ところが後に忠八は、妻に憑いたのは西角井家の狐だと言い出し、浦和宿の三郎兵衛や西堀の万福寺の僧と共に出雲を狐使いだと言いふらして留守宅にも押しかけた。出雲は寺社奉行に訴え、二人に詫び状を書かせて同年九月に訴えを取り下げた。
原典より
天保五年の五月のある日、氷川神社の神主西角井出雲の所へ、近くに住む忠八という者が、妻のいわにきつねがついたから、祈禱して欲しいという申し入れがあった。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。