太鼓が足揃えとなった御救大さらい
どんな伝承か
天保二年、大坂三郷の町々は淀川筋一帯の土砂運びを命じられ、俗に「御救大さらい」と呼ばれる普請が行われた。作業場が広いため人足に休息を知らせる合図として太鼓が用いられていたが、いつしか町々はこれを「足揃え」と称するようになり、揃いの襦袢を着て鉦や太鼓を打ち鳴らしながら町中を練り歩き、お祭りのような騒ぎになったという。この土砂持ちの伝統は、のちの慶応年間に京都や大坂で流行した「砂持ち」騒動へとつながっていったとされる。
原典より
このとき、場所が広いので人足に休息などを知らせるため太鼓を用いたが、いつのまにか町々は足揃えと唱え、揃いの襦袢を着て、鉦・太鼓を鳴らして町中を徘徊し、お祭り騒ぎをした。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。