通夜の男が斬られた薬師町
どんな伝承か
薬師町の繁昌は明治二十年頃まで続いたが、一つの事件で絶えた。「どいまつ」と呼ばれた土居松次という博徒が、腕も口も達者な白木琢次を何かの怨みから狙っていた。ある朝、薬師町の田村という旅館の前を通ると二階に琢次の頭が見えたので、松次は家から日本刀を持ち出し、勝手を知った二階へ上がって寝ている者の首を斬り落とした。ところがそれは琢次ではなく、宵から薬師堂で通夜をしていた隣村の男が、琢次の帰った後の寝床にもぐり込んで寝ていたのであった。「お薬師様でお通夜していたものが殺された、神様も頼みにならん」と参詣人は逃げ帰り、以後誰も参らなくなって薬師町は衰微した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ)
『日本の怪談(二)』は、田中貢太郎が著した怪談・奇談の短編集である。著者の郷里である土佐の高岡郡や長岡郡の山村の話を多く含み、越中の放生津や立山、利根川の河口、館林の城下、江戸の碑文谷などを舞台に、蟹や蛇の怪、鮭の祟り、山姑、亡者宿、切支丹の処刑にまつわる怪異を物語の形で書く。「蟹の怪」から「鶏物語」まで二十八篇を収め、友人から聞いた話として語る篇もある。