赤坂宿四十二か村の二十年休役願い
どんな伝承か
慶応二年九月、三河国赤坂宿の定助郷四二か村が助郷の減免を嘆願した。嘆願書によれば、ここ四、五年は通行が増えて昼夜の別なく勤めねばならず、遠村の者はやむをえず宿に泊まり続けて弁当米や小遣いに差し支えている。こうして借金がかさみ、田畑は草刈りもできず手抜きとなって収穫が減った。しかも賃銭は宿が預ったままで割り渡されていない。四二か村の合高は一万四三九〇石で、向こう二十か年の半高休役を願い出た。額田郡細野村のように猪・鹿・兎の害や水不足に苦しむ辺鄙な村も含まれていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。