土蔵の張り出しが招いた梅坪村の騒動
どんな伝承か
慶応三年三月、梅坪村でも村方騒動が起きた。相給で入り組んだ村の扱いをめぐって小前百姓たちが連日寄り合い、大川通りの普請も先延ばしになった。四月八日の未明には小前たちが一人残らず足助の陣屋へ出願に向かい、村役人たちは慌ててその後を追いかける始末だった。結局十一日に頭取三人が入牢となり、ほかの者は村へ帰された。発端は、相給の庄屋が土蔵を直したときに三尺ほど野地へはみ出したことだったらしく、ささいな事でも騒動になるほど村内の対立が深まっていたと著者は見る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。