久居島村の御賀げ帳が記す周辺の降札
どんな伝承か
佐野郡久居島村の塩沢勝右衛門が記した「御賀げ帳」は、浜松の神明宮のほか、周りの土地の御札降りを日を追って書き留めている。八月十三日に周智郡山梨村、十四日からは森町の中町・新町・下宿・本町と次々に降り、二十三日からは佐野郡槫子村にも及んだ。久居島村と槫子村の周辺では、翌年一月二十七日までに四か所で二十二件、二十一種四十枚の降札があったという(史料そのものは十六件・三十四枚と記す)。内訳は秋葉山の七枚が最も多く、豊川稲荷の六枚、伊勢神宮の四枚と続き、ここでも伊勢札は首位ではなかった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。