郷里で魔法使いと噂された三田光一
どんな伝承か
福来友吉が研究した霊能者三田光一は、宮城県気仙沼の出である。生まれつきの霊能者で、子どもの時代から魔法使いとして郷里で噂されていた。青年時代に郷里を出て所々に放浪し、インドや支那にも遊んだことがあったという。福来が初めて心霊研究を世に発表したころ、三田は関西の諸地方で透視の実験を公開して世人を驚かせた。しかし当時は知識階級の人々にこの問題への理解がなく、また三田の実験法にも欠点があったため、少数の者は偉大な霊能者として崇拝したが、多数の者は純然たる詐術としてその霊能を排斥した。のちに世の思想も変化し、実験法も向上して、押しも押されもせぬ霊能者と認められるに至ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
三田光一の念写と透視能力に関する研究記録(福来友吉)
『三田光一の念写と透視能力に関する研究記録』は、福来友吉の著作から、霊能者三田光一を扱う節を抜き出したものである。大正六年の通信による透視実験と、同年の名古屋の県会議事堂、大正七年の尼崎実科高等女学校、昭和四年末から翌年元日の日本地下水協会、昭和五年の京都嵯峨と牧野家での念写実験を、立会人や乾板の封じ方まで含めて報告する。実験ごとに著者の感想を項目立てで記し、霊の幻化の章とホープ氏の心霊写真の節の冒頭も含む。