熱田神宮の森の上から舞い降りる札
どんな伝承か
知多半島の大井の郷土史家石黒鐘二が、大正十四年に古老から聞き取った実見談の一つ。当時八十四歳の丹羽長次郎は、十三、四歳のころ押送船に乗って熱田に着いたのが昼過ぎで、ちょうど熱田神宮の森の上あたりの大空から、お札がひらひらと降ってくるのを見たという。村へ戻ってみると、こちらにも札が降っていて大騒ぎだった。仕事をする者は一人もおらず、毎日勇みの連中が練り歩き、札の降った家は餅をついて大八車に載せ、氏神で撒いたが、しまいには拾う人もいないほどだったと語っている。
原典より
押送船に乗って熱田へ着いたのが正午少し過ぎであったが、熱田神宮の森の上にあたり、大空からヒラヒラとお札が降って来た。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。