山蔭基央の祈禱と汚れた古箱の直感
どんな伝承か
昭和四十三年二月頃、館山寺の貴嶺台から南方六キロの村櫛町にある田中家から、病人がいるので祈禱に来てほしいと山蔭基央に依頼があった。病人は当主田中菊の妻みつで、持病の腎臓炎が悪化し、顔色が悪くひどくむくんでいた。山蔭が神壇の前に跪いて全快の祈禱を始め、かなりの時間大祓を奏上していると、ふと箱のようなものの中が非常にけがれているという直感を得た。祝詞を途中でやめて心当たりを尋ねると、札を納めた古箱があるという。持ち出して改めると鼠の糞や虫の死骸に混じって『此御札事』と書いた包紙が現れ、お札三枚と由来書が出てきた。
原典より
何んだか箱のようなものの中が非常にけがれている感じがするのです。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。