習わぬ御幣を刻んだ才一郎と四枚の御札
どんな伝承か
十月十四日、目を覚ました才一郎は手を洗うと鋏を求め、包まれていた銀紙を四つに切って、習ったこともないのに手慣れた手つきで御幣を刻み、前日折れた竹で串を削って挟んだ。泰治がどこで覚えたのかと問うと、昨日御山で教わったと答えた。さらに、柳田家の代参に来た印としてこの御札四枚を持ち帰り、柳田家・町内・自分の家・親類に一枚ずつ御幣を添えて配れと御山で命じられたと言う。御札を何日祀ればよいかも尋ねてあり、日数にかかわらず信心次第で一日でもよいとの答えだったので、柳田家では七日間祀ることに決めた。
原典より
御山にて、其方は柳田家の代参に来りける者、其印に此御札四枚持ち帰り、柳田家、町内、其方宅、親類へ一枚づつに御幣を添へて配分せよと被仰付ました、…—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。