屋根から消えて秋葉山から届いた手紙
どんな伝承か
慶応三年十二月朔日は別れの日だった。才一郎は湯を浴びて土産を整え、夜には神から下された餅を父や師、家の者たちに配るよう伝え、居合わせた者は皆神の姿を拝むよう命じられた。真夜中、皆と涙ながらに別れを告げた才一郎は屋根に上り、家族が真言を唱えていると、卓斎の脇差と風呂敷を借りたいと声をかけ、礼を言ったきり音もなく姿を消した。翌朝神前には、九つ半時に御山に着いたので安心してほしいという十二月二日付の才一郎の手紙が置かれていた。父の沢井才亮は手紙の写しを添え、才一郎が柳田家の屋根から行方知れずになったと町奉行所へ届け出た。
原典より
直に別れの暇乞申し、流石名残惜しき様子にて涙を流し、何れも涕泣して内へ入り、才一郎殿は屋根へ昇り、…—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。