両国橋際で猿を食わせた豊田屋
どんな伝承か
第二次大戦の前には、地域により人によりサルはごく普通に食べられていたと筒井は書く。その例として引かれるのが芥川龍之介の随筆「本所両国」である。それによれば、両国橋の両側には井生村楼や二州楼といった料理屋が並び、すし屋の与平、うなぎ屋の須崎屋、回向院の表門に近い横町の坊主軍鶏など、本所で名の通った食い物屋はおおむねこの界隈に集まっていた。中でも豊田屋は牛肉のほか、冬になると猪や猿まで客に食わせたという。ここから、昭和の初めごろには東京のまん中にもサルを食べさせる店があったことが知れる、というのが筒井の見方である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年))
『村の奇譚 ― 里の遺風』は、民俗研究者の筒井功が平成三十年に著した民俗探訪記である。修験の里の石室、石風呂と焼き石湯、山中の贋金づくり、箕作りの集団や天幕部落、岩窟に暮らした非定住民、猿と猟師、氷室と風穴、産屋、墓制、安倍晴明の墓、狐憑きと犬神など、各地の村に残る習俗と伝承を、聞き取りと文献の両面からたどる。全十三章で、昭和三十年前後の高知市での見聞から説き起こし、「おわりに」では別の出版社で刊行が見送られた経緯を記す。