客を待って門口に出ていた料理屋の者に
どんな伝承か
十二月二十三日の夜十時ごろ、府馬村の料理屋の夫婦が門口に出て客の来るのを待っていると、田部の方から一人の男が歩いて来た。近づいて注意すると、面を包んでいるのか肥をかぶったような異様な顔をしており、「金を出さないと殺すぞ」と脅した。夫婦は恐れて二円五十銭を出すと、男はそれを持って行ってしまった。その翌晩には、八月に襲われて五円九十銭を奪われた木内みや方へまた賊が現れ、表入口の戸袋を破壊し心張棒を外して侵入した。同家は今度こそ撃つと猟銃を構えていたが、黒い筒袖の外套姿を見ると撃つことができず、母子はまた四円を渡して帰ってもらった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が明治・大正の世に起きた事件や奇談を読み物に仕立てた実話集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十四年に千葉の久賀村で起きた鬼熊の事件など、一揆・殺人・盗みの事件、遺言状をめぐる話、奇人の話、幕末の暗殺を、関係者の話や記録をもとに描く。各話は章を立てた読み物で、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねて聞いた補遺を付す。