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妻子を離別した上宿の縁切り榎

所在地東京都板橋区本町(縁切り榎)
登場小林身禄、妻子を離別した油屋・富士行者
出典東京今と昔-板橋周辺と縁切り榎

どんな伝承か

板橋の石神井川に架かる橋を渡ると、宿場時代に上宿と呼ばれた本町に入り、その中ほどに縁切り榎が立つ。伝えによれば、元禄のころ伊勢から江戸へ出て油屋として身を立てた小林身禄が、六十になった年、かねて信仰する富士浅間のため北の登山道を開こうと家を出た。妻と三人の娘が追いすがって泣いたが、身禄は来世の善果を得るには現世の悪縁を断たねばならないと言い、妻子を離別した。その場がこの榎の下だったので縁切り榎の名が生まれ、近くには追ん出し川や涙橋といった地名も残ったという。皇女和宮が降嫁の折にここを通ったときは、榎に薦を巻いて隠したと伝わる。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

東京今と昔-板橋周辺と縁切り榎(山本富夫・自警)

『東京今と昔-板橋周辺と縁切り榎』は、山本富夫が画と文を担当した「東京今と昔」の一編で、旧中山道板橋宿の跡を歩いて今と昔を比べる短い紀行文である。平尾宿の観明寺と寛文元年の庚申塔、遊女屋の名残の建物、成田山遍照寺、石神井川の板橋、本町の縁切り榎を順にたどり、身禄伝説や和宮降嫁の際に榎をこもで隠した話を記す。軽妙な語り口で宿場の名残と現代の町並みを並べ、縁切り榎に今も夜な夜な参拝者が絶えないことで結ぶ。

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