里宮で父の死を言い当てた巫女婆さん
どんな伝承か
初冬の甲斐駒ヶ岳を巫女の老婆と連れ立って下りた著者は、昼過ぎに駒ヶ岳神社の里宮へ着き、風呂まで沸かしてもらってもてなされた。そのあと大きな神棚のある部屋へ通されると、老婆は、あんたのお父さんは亡くなったね、と言い出した。著者が昭和十九年に世を去ったと答えると、老婆は続けて、死に目には会えなかったねと言う。疎開先で急に亡くなったのだと著者が認めると、老婆は、お父さんがあんたに伝えたいことがあるようだから聞いてやろうかと申し出た。著者は、どうせ山歩きもほどほどにして早く嫁をもらえという程度の小言に決まっていると思い、最後まで遠慮したという。
原典より
お父さんが、あんたに言っておきたいことがあるようだから、聞いてあげようか—— 続 山だ原始人だ幽霊だ(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・1972年(昭和47年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
続 山だ原始人だ幽霊だ(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・1972年(昭和47年))
『続 山だ原始人だ幽霊だ』は、西丸震哉の随筆集で、あとがきの日付は昭和四十七年三月十日である。出版の都合で前後編に分けたうちの後編にあたり、ニューギニアやニューブリテン島、トロブリアンド島の部族を訪ねた探訪記と原始社会の食生活論に続いて、幽霊についての自説と、自身や身内が出会った怪談を収める。終わりには手相、テレパシー、呪い殺し、雨やみの術、インドから自宅へ魂を飛ばす実験の話が並び、カバーと挿絵も著者が描いたとあとがきにある。