縁切り榎に納められた背合わせの絵馬
どんな伝承か
板橋宿の街道端に立つ榎は、悪縁を断つ木として広く知られていた。願がかなうと、男女が背を向け合う姿を描いた小絵馬を礼として枝に掛けるのが習いで、明治にこれを見た山中共古も、木に祈って叶えば背合わせの額を納めると同じ図柄を書き留めている。一九一八年に開かれた全国絵馬展覧会にも板橋の絵馬が出品され、注連縄を張った大木を中心に男女が背を向ける図、あるいは大木を拝む男女の図が並んだと記録された。栃木の門田稲荷からも似た絵馬が出され、そちらも縁切り稲荷の名で通っていたという。
原典より
また、調査にあたって、花巻市の根子英郎氏、米沢市の遠藤宏三氏には多大な御協力を頂きました。—— 西郊民俗 縁切り榎(長沢利明・西郊民俗シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
西郊民俗 縁切り榎(長沢利明・西郊民俗シリーズ)
『西郊民俗 縁切り榎』は、長沢利明が東京都板橋区本町の縁切り榎について書いた民俗学の論考である。旧中山道板橋宿の榎が縁切りの神木とされた由来を、『新編武蔵風土記稿』や五十宮下向の際の注進書、身禄伝説、江戸の随筆と川柳、明治の講談本からたどり、樹皮を煎じて飲ませるまじないや小絵馬・祈願文の奉納、今の参拝のようすを記す。後半で足利の縁切り稲荷など各地の類例と比べて婚礼行列が避ける場所のタブーとの関係を考え、末尾に注と文献を付す。