トップ > 東京都の伝承 > 板橋区

火事で枯れた初代と二代目の榎

所在地東京都板橋区本町(縁切り榎)
年代1883年(明治十六年)
登場板橋宿の人々
出典西郊民俗 縁切り榎

どんな伝承か

明治十六年、板橋宿に火事が起こり、縁切り榎も炎に包まれた。江戸のころから街道の移り変わりを見てきた巨木はついに枯れ、大きな古株を残すだけになってしまう。それでも信仰は絶えなかった。跡に植えられた二代目の榎がやがて大きく育つと、人々は初代の古株とあわせて、変わらず縁切り榎と呼んで参り続けたという。木が替わっても、人目を忍んで訪れる者の足は途絶えなかったのである。

地図で位置を見る

※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

西郊民俗 縁切り榎(長沢利明・西郊民俗シリーズ)

『西郊民俗 縁切り榎』は、長沢利明が東京都板橋区本町の縁切り榎について書いた民俗学の論考である。旧中山道板橋宿の榎が縁切りの神木とされた由来を、『新編武蔵風土記稿』や五十宮下向の際の注進書、身禄伝説、江戸の随筆と川柳、明治の講談本からたどり、樹皮を煎じて飲ませるまじないや小絵馬・祈願文の奉納、今の参拝のようすを記す。後半で足利の縁切り稲荷など各地の類例と比べて婚礼行列が避ける場所のタブーとの関係を考え、末尾に注と文献を付す。

種別から探す

縁切り榎火災枯死

板橋区の伝承

同じ種別の伝承

同じ文献『西郊民俗 縁切り榎』の伝承