三代目と四代目に代替わりした榎
どんな伝承か
土地の所有権をめぐる争いが起こり、二代目の木は切り倒されることになった。初代の古株は区の土地となった現在地へ移され、一九六九年四月二九日に三代目が植えられて修祓式が営まれている。したがって、いま縁切り榎と呼ばれているものは、場所も木も江戸のそれではない。旧中山道の江戸から見て右手に三代目と、のちに植えられた四代目が立つが、どちらも大木というほどではない。かたわらの交差点は縁切榎前と名づけられ、移転前の旧地は向かいにある薬局の脇にあたるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
西郊民俗 縁切り榎(長沢利明・西郊民俗シリーズ)
『西郊民俗 縁切り榎』は、長沢利明が東京都板橋区本町の縁切り榎について書いた民俗学の論考である。旧中山道板橋宿の榎が縁切りの神木とされた由来を、『新編武蔵風土記稿』や五十宮下向の際の注進書、身禄伝説、江戸の随筆と川柳、明治の講談本からたどり、樹皮を煎じて飲ませるまじないや小絵馬・祈願文の奉納、今の参拝のようすを記す。後半で足利の縁切り稲荷など各地の類例と比べて婚礼行列が避ける場所のタブーとの関係を考え、末尾に注と文献を付す。