トップ > 東京都の伝承 > 文京区

震災の細川邸で土に埋めた握り飯

所在地東京都文京区
年代伝承(口承)
登場(類話)
出典私の心霊術

どんな伝承か

関東大震災のとき、小石川老松町の細川侯爵邸は庭に大きなテントを張り、熊本県にゆかりのある人々を何十人も受け入れた。朝鮮人が攻めて来るという根拠のないデマを真に受け、著者らは刀やピストルを手に夜通し邸内を守った。避難者の中に下町の富裕な商家の娘と老女がいて、池の鯉を盗んで懐に隠し、配給の握り飯も人を押しのけて幾つも取るので嫌われていた。ある夜、著者が裏門の番に立つと、二人が草むらで、玄米炊きで食べられなかった大きな握り飯を土に埋めているのを見つけた。これが露見して二人は泣いて詫びたが許されず裏門から追い出され、とりなしを聞き入れられなかった著者も、翌朝母を預けて牛込の空き家へ帰ったという。

原典より

懐中電燈をつけてよくみると、お婆さんは新聞紙へくるんだ子供の頭ほどもある侯爵邸たきだしの大握飯を、泥をほっていけているのである。—— 私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年)) より引用
地図で位置を見る

※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年))

『私の心霊術』は、長田幹彦が昭和三十年に著した心霊研究の随筆集である。死後に残る霊や地獄・極楽をめぐる考えを述べ、熊本の家系や安達謙蔵との交わり、東京放送局の文芸顧問だったころの回想、霊友会など戦後の新興宗教への批判、前著『霊界』への反響と自らの信仰を語る。「心霊科学の来世観」「霊界の構造」「ぼくの信仰」などの章からなり、末章「ある霊媒の生態」では霊媒服部との実験とそのトリックの顛末を描く。

種別から探す

関東大震災流言

文京区の伝承

同じ種別の伝承

同じ文献『私の心霊術』の伝承