安政地震における藤田東湖の逸話
どんな伝承か
著者が子供のころ、地震の話になると年寄りたちは得意になって安政地震の話を始めたものだった。藤田東湖は伝通院の前の屋敷で崩れた棟木の下敷きになったが、母親を胸の下にかばっていたため抜け出せなかった。そこへ火が燃え広がってきて、もはや助からないと見て、東湖の足をのこぎりで切り、ようやく母親だけが助け出されたという。本当かうそかは分からないと断りながら、著者は夕食の席で父からこの話を聞かされ、背筋が冷たくなったのを覚えている。
原典より
藤田東湖は伝通院前の屋敷で棟木の下じきになった。—— 私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年))
『私の心霊術』は、長田幹彦が昭和三十年に著した心霊研究の随筆集である。死後に残る霊や地獄・極楽をめぐる考えを述べ、熊本の家系や安達謙蔵との交わり、東京放送局の文芸顧問だったころの回想、霊友会など戦後の新興宗教への批判、前著『霊界』への反響と自らの信仰を語る。「心霊科学の来世観」「霊界の構造」「ぼくの信仰」などの章からなり、末章「ある霊媒の生態」では霊媒服部との実験とそのトリックの顛末を描く。