歓呼の声が招いた二重橋の惨事
どんな伝承か
皇居の参賀で起きた二重橋の事故について、著者は原因は野次馬にあると見ている。事故の十五分ほど前に帝劇の用事でその前を通ったが、まだ無茶な混乱にはなっていなかった。人出三十万というのは一日の総数で、一度に殺到した数はそれほど多くない。壺の口のように狭い橋の上で押し合っている最中、坂下門の内から両陛下を迎える歓呼の声が上がった。それを聞いた後ろの人々が次々と体当たりで押し、阿鼻叫喚となる。綱一本でせき止められるものではなかったと著者は書いている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年))
『私の心霊術』は、長田幹彦が昭和三十年に著した心霊研究の随筆集である。死後に残る霊や地獄・極楽をめぐる考えを述べ、熊本の家系や安達謙蔵との交わり、東京放送局の文芸顧問だったころの回想、霊友会など戦後の新興宗教への批判、前著『霊界』への反響と自らの信仰を語る。「心霊科学の来世観」「霊界の構造」「ぼくの信仰」などの章からなり、末章「ある霊媒の生態」では霊媒服部との実験とそのトリックの顛末を描く。