世田ヶ谷の祈禱と癌を告げる霊
どんな伝承か
山川の死から四年後、妻のすゑ子は子宮癌と診断され、東大病院でレントゲンを重ねていた。著者が勧めた霊能者の小南は、この程度なら治せると太鼓判を押し、翌日から印度仕込みの祈禱に似た行を施した。すゑ子は四日おきに世田ヶ谷の小南宅へ通い、やがて触診で塊が触れなくなって、担当の博士も首をかしげたという。ある晩、小南が薬草らしきものを焚くと、背広にステッキの山川が現れ、縁端の段に長く腰かけて煙草をふかした。病気は一度きれいに治るが、四、五年うちに別の場所へ出て命取りになる、と山川は告げた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊界五十年(長田幹彦・昭和中期~後期(推定1960年代~1970年代))
霊媒実験と透視(霊界五十年)/放送局・邸宅の幽霊/自殺者の霊と幽霊屋敷/作家長田幹彦の心霊体験/明治〜昭和の心霊交遊