萬福寺で為左衛門と交わした狸問答
どんな伝承か
著者は美馬郡貞光町太田の萬福寺を訪ね、住職釈誠雄師のもとで狸の烏帽子為左衛門と問答した。郡里村寒懸の長江善蔵が数珠を揉んで名を呼ぶと手が震え、乗り移った為左衛門は、写真を撮るならもっと立派な堂を建てろと不満を述べた。遅れている国見鹿八の様子を見て来させると、着替えて家を出たところだと答え、当たっていた。付近の狸を問うと、立石神社近くの七蔵、熊野神社の六さん、江ノ脇の塚穴の熊太郎親子らを挙げ、塚穴の発掘は宝目当てだと断じた。鹿八は大正九年の正月、貞光川の鉄橋を渡って帰宅したとたんに憑かれ、酒二升を平らげてようやく寺へ移ったと語った。
原典より
美馬郡貞光町大字太田の萬福寺(真言宗)に、烏帽子爲左衛門といふ狸を祀った小祠があることは、よほど以前から聞いて居つたのであるが、その後同地の清水某三郎君にその由来に闘する伝説を調べてもらったところ、いろ/\面白い話がある…—— 阿波の狸の話(笠井) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波の狸の話(笠井)
『阿波の狸の話』は、脇町の笠井という著者が、阿波国の各地に伝わる狸の話を集めて書いた本である。狸同士の化かし合い、狸使い、狸憑き、狸医者、狸を祀る祠などを題ごとに分け、郡村名や人名を挙げて、明治・大正の狸憑きの実話やお六つ大明神の信仰の様子も記す。後半に余材追録と、著者が萬福寺で狸に憑かれる人や住職と問答した記録を置き、巻末の「阿波名狸録」で名のある狸を徳島市と各郡の部に分けて並べる。