大物の浦の沖に現れた知盛の幽霊
どんな伝承か
能は多くが幽霊の世界で、切能物の「船弁慶」は判官義経の都落ちを描く。文治の初めの十一月、摂津国尼崎の大物の浦から西国へ船出する前に、弁慶のはからいで静は都へ帰され、別れの舞を舞って去る。船が沖へ出ると海は荒れ、西国で滅びた平家一門が雲霞のように浮かび上がった。先頭に立つのは桓武天皇九代の後胤、平知盛の幽霊で、義経をも海に沈めようと薙刀を振るい、潮を蹴立てて悪風を吹きかける。義経は少しも騒がず刀を抜き、生身の人に向かうように言葉を交わして戦い、弁慶は五大明王を念じて祈り、念力で幽霊を退けた。
原典より
その時、義経少しもさわがず、「打物抜き持ち現(うつつ)の人に、向ふが如く、言葉を交はし戦ひ」、辨慶は、念力をもって幽霊を追い払うのである。—— 日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。