鍛冶屋町穐村家の長期降札
どんな伝承か
大坂関係の記録は多くが慶応三年十二月中に終わっているが、翌年になって降った例もある。南区鍛冶屋町の穐村家では、十一月二十一日から翌慶応四年四月二十日まで降りつづいた。同家の記録によれば、降ったものは一一〇種類以上、枚数にして二三一枚にのぼる。これは「神仏天降浪花宝」の一五〇種類五六七枚とならんで、大坂の降札の多様さと量とを示す集計史料である。
原典より
以上の史料は慶応三年十二月中に終わったことになっているが、翌年になって降った例もあり、南区鍛冶屋町の穐村家では十一月二十一日から翌年四月二十日まで降っている。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。