大晦日に一万人近く詣でた箸蔵寺
どんな伝承か
阿波の降札騒ぎのなかで、箸蔵寺にも大勢の踊り子が参詣に訪れた。古老の話では、はじめは三、四人から七、八人の組が一日に三、四組来る程度だったが、しだいに大きな組が増え、一日に数百人、師走の中ごろには千人を超え、多い日には二、三千人に達した。二十二、三日ごろにいったん減ったものの、年の瀬が押し詰まるとまた増え、大晦日には讃岐との行き来の人も加わって一万人近い参詣があったという。参詣者のために接待所が設けられ、大釜で粥を炊き、酒や煮しめも用意して施しがなされた。
原典より
これらの参詣者には接待所が設けられ、いつも大釜三つ四つに粥を炊いていて、それに酒や煮染の用意もあって、施行がなされたのであった。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。