京都で過熱した万年青投機と府の告諭
どんな伝承か
観賞植物の万年青は、一八八一年頃に京都を中心として全国で投機の的になった。その年七月の『東京日日新聞』は、京都ではやっているものとして、国会開設や自由民権の会議、排洋興国の演説に続く三番目に万年青を挙げ、四番目に懇親会と盗賊を並べている。同じ年の十一月には京都府が、万年青の投機で破産する者が出ることを戒め、家業に精を出すよう説く告諭まで出した。万年青で大金を築いた、身代を潰したといった噂は、綾部で暮らす出口なおの身辺にも渦巻いていたとみられる。
原典より
この年の十一月には、京都府から万年青の投機による破産を戒め、家業の励行を説く告論まで出されている。—— 幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶(川村邦光・1989年(平成元年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶(川村邦光・1989年(平成元年))
『幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶』は、川村邦光が近代日本の民衆の心性をたどった論考で、あとがきは一九八九年十二月の日付である。明治の「血税一揆」の流言、トラホームと〈迷信〉、狐憑きと精神医学、「脳病」「神経病」、座敷牢と精神病者監護法、芦原将軍の誇大妄想と出口なおの神がかり、祖先教と靖国による霊魂の管理を、新聞記事や民話、医学書、調査報告から読み解く。はじめにの後に三部と終章を置き、あとがきで結ぶ。