力士荒砂のしこ名由来
どんな伝承か
越後の国から大力無双の男が力比べに会津の城へ来て、力自慢の若侍たちがことごとく負けた。不甲斐なさを見た殿様が簗瀬三左衛門に心当たりを問うと、家老は折よく自邸に泊まっている大竹玄蕃を呼び出した。玄蕃は相撲の手をわきまえていなかったが、相手が何度突いても自若として動ぜず、ついに抑えつけて差し上げ、土俵に投げ飛ばした。越後大関はもう立ち上がれなかった。玄蕃は土俵の砂に混じる小石を拾い、指で砕いて土俵を平らにならしたので、殿様はこれを嘉賞してしこ名「荒砂」を与えた。この名は今も草相撲のときの楢原の力士のしこ名として踏襲されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
下郷町史 第5巻(民俗編)――伝説(下郷町(編)・下郷町史)
『下郷町史 第5巻(民俗編)――伝説』は、会津の下郷町の町史民俗編のうち、町内の伝説を集めた第二節である。鏡沼の大蛇や二岐山のダイタンボウ、狼に食われた祖母、湯野上温泉猿湯の由来、高倉宮以仁王と桜木姫・紅梅御前の落人伝説、伊達政宗の戦の悲話、小野の長者と小野観音の金の鰐口などを収める。伝説を自然伝説・歴史伝説・信仰伝説に分け、各話に地名や供養塔・墓・文化財の現状を書き添えている。