精神研究会と天然の観念力の実例
どんな伝承か
明治三五年、静岡師範の漢文教師桑原俊郎は『教育時論』に催眠術の記事を連載して一躍注目され、翌年『精神霊動』を出して大評判を得た。明治三六年九月に職を辞して家族と東京へ移り、麻布の自宅に精神研究会を設け、天然と号して治病と精神学の普及に乗り出すと、全国から弟子が集まった。天然が挙げた例には、念を凝らして道行く魚屋を振り向かせた弟子、蚊に人を害するなと念じて飛び去らせた話、射的の木玉を念で穴に落とした門人、家屋を念で揺らした門人などがある。彼は肺病や腎臓病も精神の力で治ると断言した。
原典より
明治三六年、ついに桑原は意を決し、敢然と職を辞して、一路、家族ともども東京に転居した。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。