臼井城の失火で円応寺が類焼した際
どんな伝承か
文禄二年、酒井家次が城代であったころ、臼井城中からの失火で円応寺が類焼した。その時安置されていた運慶作の阿弥陀様は、自ら田の中に飛び出して難を逃れたと伝わり、その田は長慶谷津の阿弥陀田と呼ばれている。また天辺の宝寿院に伝わる地蔵尊縁起によれば、応永年間、高崎に兵火があることを、地蔵尊が老僧の姿となって十日前から三夜にわたり大声で触れ歩いたため、人々が不思議に思って跡をたどると寺へ帰っていったという。果たして兵火があり、以来、火伏せの守り札を求める者が多かったと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
佐倉市史 民俗編――伝説・怪異(佐倉市(編)・佐倉市史・自治体史(民俗))
『佐倉市史 民俗編』第八章口承文芸所収の伝説・怪異。千葉県佐倉市に伝わる口承を採録する。