火事から田へ飛び出した運慶作の阿弥陀
どんな伝承か
文禄二年、酒井家次が城代であったころ、臼井城中からの失火で円応寺が類焼した。その時安置されていた運慶作の阿弥陀様は、自ら田の中に飛び出して難を逃れたと伝わり、その田は長慶谷津の阿弥陀田と呼ばれている。また天辺の宝寿院に伝わる地蔵尊縁起によれば、応永年間、高崎に兵火があることを、地蔵尊が老僧の姿となって十日前から三夜にわたり大声で触れ歩いたため、人々が不思議に思って跡をたどると寺へ帰っていったという。果たして兵火があり、以来、火伏せの守り札を求める者が多かったと伝えられる。
原典より
この時、安置されていた運慶作の阿弥陀様が、自ら田の中に飛び出て難をまぬがれたという。—— 佐倉市史 民俗編――伝説・怪異(佐倉市(編)・佐倉市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
佐倉市史 民俗編――伝説・怪異(佐倉市(編)・佐倉市史)
『佐倉市史 民俗編――伝説・怪異』は、千葉県佐倉市の市史の民俗編のうち、第七章「民俗知識」と第八章「口承文芸」の伝説の節である。市内で採録した吉凶の予兆やまじない、民間薬、天気の言い伝えと、狐や狸の化かし、デーダラボーの足跡、岩富の首なし塚、天狗、狐火、印旛沼のカワボタルなどの伝説を収める。伝説は文化財保護委員会の分類に倣って自然伝説・歴史的伝説・信仰伝説に分け、終わりに村々の禁忌を置く。