十二人の妃が創建した尼寺の地名由来
どんな伝承か
尼寺という地名は、花山院に隠れ住んだ花山上皇を慕って都から来た弘徽殿女御ら十二人の妃が、この地に尼寺を開いたことに由来すると伝えられる。そうだとすれば一条天皇の頃のことになるが、それ以前の古い地名や、集落があったかどうかは分からない。加藤家は、上皇の侍医として京都から付き従ってきた家だといわれる。ほかにも、古屋垣内を拓いたとみられる古屋氏、代々左衛門の名を継いできた東岡家、北氏・畑氏などが古い家筋とされ、黒郷は尼寺から分かれて開かれた新しい土地だという。
原典より
尼寺の地名は花山院にご隠棲になった花山上皇の御後を慕って来た、弘徽殿女御以下12妃の創建した尼寺に由来すると伝えるから、…—— 兵庫県民俗調査報告8――伝説(兵庫県(編)・兵庫県民俗調査報告) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
兵庫県民俗調査報告8――伝説(兵庫県(編)・兵庫県民俗調査報告)
『兵庫県民俗調査報告8――伝説』は、兵庫県の民俗調査報告の一冊のうち、第10章「口頭伝承」を収めたものである。三田市の乙原・小野・尼寺・青野・末の各地区を対象に、集落の発祥や神社、廃寺、城跡にまつわる伝説、天狗に導かれたという松住大権現、狐狸の怪、狼の話などを、聞き書きと『門野氏郷土物語』などの郷土の記録から記す。伝説のあとに昔話とわらべ歌を続け、わらべ歌は地元の中学校生徒会の協力で集めた尻とり歌や羽根つき歌を載せる。