門野家の姓の由来と末西の氏神
どんな伝承か
『門野氏郷土話』によれば、三田市末西の氏神は枝家の地神を神体として祀ったものだという。延享四年の社殿建立の寄進札には、禰宜として門甚太夫、庄屋として後藤市左衛門、年寄として枝作太夫の名が並ぶ。門野家は多田源氏の流れをくみ、多田頼親の子孫が高平村に居を構えた際、門構えの内に大樹が森のごとく茂っていたことから森本を姓とした。末西へ移った年代は分からないが、青野街道の角に屋敷を構えたので「カドの甚太夫家」と呼ばれ、門を姓とするようになり、二百年ほど前に「ノ」に野の字を当てて門野と改めたらしい。代々庄屋を務めた家である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
兵庫県民俗調査報告8――伝説(兵庫県(編)・兵庫県民俗調査報告)
『兵庫県民俗調査報告8――伝説』は、兵庫県の民俗調査報告の一冊のうち、第10章「口頭伝承」を収めたものである。三田市の乙原・小野・尼寺・青野・末の各地区を対象に、集落の発祥や神社、廃寺、城跡にまつわる伝説、天狗に導かれたという松住大権現、狐狸の怪、狼の話などを、聞き書きと『門野氏郷土物語』などの郷土の記録から記す。伝説のあとに昔話とわらべ歌を続け、わらべ歌は地元の中学校生徒会の協力で集めた尻とり歌や羽根つき歌を載せる。